パラマウント映画を知る

パラマウント映画が作り上げる、映画の形

アメリカ映画制作会社の老舗

映画が好きな人にとっては、何処の制作会社が作ったのかというのも気になるところだ。アニメーションにしても、ドラマにしてもそうだが、どんな企業が制作して、どのような部分が他の制作会社とは異なっているのか、気になっている人はトコトン気にする模様。芸術作品は創り手の心情がそのままに描写される、映画にしてもそう、例え原作が存在している作品であったとしても、それに対しての解釈が少し違うだけで原作とは一味も二味も異なるため、そこが非常に面白い。だからこそ芸術には賛否両論が集中する、ただ人間が文明的な生活を営むようになってから、様々な価値観が生まれてきている。現代ではそうした既存の価値観に対して全く異なる解釈を用いた作品を生み出すというのは、並大抵の努力で為し得ることが出来るほど簡単なものではない。映画にしてもそう、長い歴史で様々な作品が登場してきているが、先人達が作り出した名作と呼ばれる作品の数々は年代に関係なく、多くの人に愛される。

そんな映画を既に100年以上も制作している企業がアメリカにはある、一般的な大衆文化として栄えていた歴史においてアメリカ映画も映画史において欠かせない存在へと昇華されているのはご存知の通り。そんな映画を作り続けている制作会社として、例え映画フリークなどと呼ばれるような人でなくても名前くらいは聞いたことがあるだろう『パラマウント映画』について、ここからは焦点を当てて話をしていこう。

前途多難な歴史を持っている

パラマウント映画といえば、それこそ数え切れないような名作を次々生み出している老舗の映画制作会社という風に捉えて問題ないだろう。日本にも系列となる企業が存在している、中にはなんとしても就職してやると息巻いていた、なんて人もいるかもしれない。そんな老舗も原型となる企業が誕生してから1世紀もの時間が経過していた。ただその歴史を紐解いてみると、最初から順風満帆だったとは言えない歴史を持っているよう。

破産、再建、隆盛へ

見出しのタイトルは筆者本人からしても、物凄い分かりやすい歴史の流れを指摘しているわけだが、まさしく山あり谷ありな時間をパラマウント映画は過ごしてきている。創設された1912年は世界的に新しい時代を向かえるために様々な取り組みが行われていた頃だが、世界情勢があまり思わしくなかったのも事実。映画といえど人間あって初めて成り立つものだ、作る人間は勿論、鑑賞する人間がいなければ映画はその価値を示すことは出来ない。そのため企業が誕生してから20年後には、財政難で破産宣告をされてしまった。この時1933年という、まさに時代は次なる世界大戦がいつ起きてもおかしくないほど緊迫した中だった。娯楽に興じているほどゆとりを持ち合わせていなかったのも事実かもしれないが、すでに大国としてその威厳を示しつつあったアメリカの内情だと、また別の問題も関与していたかもしれない。

これにてパラマウントは終焉を迎える、なんてことになったら後の世に生み出される名作たちが消滅するという洒落にならないのだが、わずか2年足らずで企業は再建されたという。財政難といわれていた割には迅速な再生能力といえるが、ここでも何かしらの力が作用していたと見るべきだろう。そこも一般人にとっては知る由でもない事案なので良いとして、ここからパラマウントの歴史は始まる。

その後世界大戦で覇権を手に入れたアメリカのように、パラマウントも時代を歩むごとにこれまで誰もが見たことも無かった映画作品の数々を作り出していくわけだが、パラマウント映画が制作した当時の作品の中で有名どころを簡単にあげてみると、やはり次のようなものが代表的といえる。

パラマウント映画の制作した昭和時代の名作たち

  • ・1933年公開:我輩はカモである
  • ・1944年公開:我が道を往く
  • ・1953年公開:ローマの休日
  • ・1972年公開:ゴッドファーザー

現在まで多くの作品を世に送り出している

本当に一部とも言える作品を紹介しただけだが、旧い作品になると聞いた事がないという人が出てきてもおかしくはないが、どんなに時代が過ぎても『ローマの休日』と『ゴッドファーザー』という二作品の名前くらいは、実際に見た事は無くても名前だけなら鬼気しに及んでいるという人は多いはず。日本で言うところの昭和中期から後期にかけて多くの映画作品を創っては発表し、その都度世界の映画業界を牽引するように斬新な作品を送り出していた。

それは90年代の現代期になってもそう、後に続く者達もいれば、同様に時代の荒波に揉みくちゃにされながらも、切磋琢磨するように躍進を続けていった映画会社たちと共に、大衆文化の普及という役目を担い続けている。日本でも映画が市民にとって楽しみと言える文化に成長した頃には、パラマウントの名は日本各地に広まり、その後生み出される映画を視聴して、時に感動、時に戦慄、時に震撼と、様々な感情を揺さぶり続けている。

平成期になってから生み出され続けている作品の中には、映画賞として名のあるアカデミー賞にノミネートされることも常連となっているパラマウントの作品は数知れず。当該企業の映画作品の話だけをして行くとするなら、おそらくキリがないだろう。人によってあの作品が名作だった、あれはどうしても迷作と言わざるを得ないというような、そんな意見も散見される。映画は見る人によって賛否両論に分かれるため一概には言い切れないところもあるが、やはり名作と呼ばれる作品を生み出している割合は高いほうだ。

そんなパラマウントが作っている映画について取り上げて行こうと思うが、今回は有名どころも一つ取り上げつつ、それほど名前が知られていないような少しマイナーな作品について今回は話をしていこう。映画という文化を利用したパラマウントの技術とも言える作品の数々が、どれ程洗練された作品を作り出しているのか、そうした一端も触れながら次へと進もう。